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犬の肥満細胞腫

2025年11月3日(月)

【概要】

肥満細胞腫(Mast Cell Tumor:MCT)は、肥満細胞(mast cell)の腫瘍性増殖によって生じる腫瘍性疾患であり、犬においては皮膚腫瘍の中で最も発生頻度の高い悪性腫瘍のひとつです。肥満細胞は本来、アレルギー反応や免疫応答、炎症制御に関わる細胞であり、ヒスタミン、ヘパリン、プロテアーゼなどの生理活性物質を細胞内に保持しています。この細胞が腫瘍化することで、局所症状だけでなく、全身性の影響を及ぼす可能性がある点がMCTの特徴的な病態です。

【外観と症状】

肥満細胞腫の臨床的特徴の一つは、その外観の多様性です。

以下のような特徴があり、他の腫瘍や皮膚疾患と鑑別が困難なこともあります。

・皮膚に発生したもの(上)、皮下に発生したもの(中央)。

進行すると形状や大きさが可逆的に変化(ダリエ徴候:肥満細胞由来のヒスタミン放出による浮腫形成)したり、破裂したりすることがあります(下)。また、生理活性物質の放出により消化器症状(嘔吐、下痢、黒色便)や全身性に出血傾向が見られることもあります。

【診断】

①細胞診

細い針を用いて腫瘍から細胞を得る方法(細胞診)は、MCTにおいて比較的診断精度の高い検査です。細胞質内に豊富な顆粒を持つ肥満細胞の特徴的形態を捉えることで、迅速な診断が可能です。

ただし、腫瘍の悪性度(グレード)の判定は細胞診では不十分であり、病理組織学的評価が必須となります。

 

 

 

 

 

②組織学的検査

より大きな組織単位で腫瘍を採材し評価することで、腫瘍の悪性度と予後を判定することが可能です。現在では主に以下の2つのグレード分類が使用されています。

・Patnaik分類(3段階):グレードI(低悪性度)、II(中等度)、III(高悪性度)

・Kiupel分類(2段階):低悪性度(low-grade)、高悪性度(high-grade)

切除縁(マージン)の確認や皮下浸潤の程度も重要な予後因子となるため、グレード評価に基づいた適切な外科的切除と病理検査が治療戦略の基盤となります。

【治療】

肥満細胞腫の治療は、局所腫瘍の制御(外科的切除、放射線治療)と、全身的進行の制御(化学療法、分子標的治療)を組み合わせて考える必要があります。

■ 外科的切除
低グレードMCTにおいては、外科的切除単独での根治が期待できる症例も多く、第一選択となります。2〜3cmの安全域と1層深い筋膜までの切除が理想とされていますが、部位によっては困難な場合もあり、補助療法の選択が必要となる場合もあります。

■ 放射線治療
術後の残存病変や切除困難な腫瘍に対して、局所制御の目的で放射線治療が有効です。特に低グレードの腫瘍において、局所再発リスクを抑える手段として評価されています。

■ 化学療法
高悪性度MCTや転移性病変が確認された場合には、全身制御としての化学療法(抗がん剤)が適応になります。治療反応性は一定数で認められるものの、耐性や副作用にも注意が必要です。遺伝子検査も重要で、c-KIT遺伝子変異の有無が治療反応性や予後評価にも関与すると言われています。c-KIT変異陽性の症例や従来療法に反応しない再発例において、分子標的薬(トセラニブ/パラディア)は一定の有効性を示します。

【予後とモニタリング】

予後は、悪性度・切除の状態・転移の有無・c-KIT変異の有無など、複数の因子により大きく左右されます。

・低グレードかつ完全切除可能な症例では、長期的な生存が期待されます(平均生存期間:数年単位)

・高グレード・転移陽性・再発性の場合は予後不良となることもあり、定期的な再評価と個別化された治療戦略が必要です。腹部超音波検査、FNAによるリンパ節・脾臓・肝臓の評価も含めた、全身モニタリングが推奨されます。

【終わりに】

肥満細胞腫は「皮膚にできるただのしこり」とは一線を画す腫瘍です。しかしその一方で、正確な診断と計画的な治療により、長期の生活の質(QOL)を保ちながら共に暮らすことも十分に可能な腫瘍です。

腫瘍と聞いて不安を感じる方も多いかと思いますが、どうか一人で悩まず、正しい情報を得て、納得のいく治療方針を選んでください。

私たち獣医師は、病気の治療だけでなく、飼い主さんとどう向き合うか、どう支えるかも含めて、最善を尽くします。

ご不明な点等ございましたら、いつでもご相談ください。

獣医師 岡田瑞生